銀の風

一章・新たなる危機の幕開け
―11話・市場荒らしの値切り魔発生―



「うわーすっげー!お前が捕まえてきたのか?!」
巨大な蛇・・ミドガルズオルムを目の前に、カッシュは大興奮していた。
ミドガルズオルムを街中で呼ぶことは出来ないので、
今回はフィアスに頼んで町の近くの林に集まってもらっている。
「おう、そうだぜ。」
興奮してまくし立てるフィアスの友人たちに、得意げにリトラは言った。
ルーン族とはいっても、やはり幼い少年。こういうときにはやはり自慢したくなるものなのだろう。
「すごいね〜3人とも。ほんとに捕まえちゃったんだ!」
フィアスも、巨大な蛇を前にしていながらたじろぐ様子はまるで無い。
例え小さくとも、やっぱり男の子である。
大きくて格好よく見える生き物は、大好きなのだ。
だからなのか、男の子には飛竜が一番人気だったりする。
「で、みんな気は済んだ?」
『うん!』
アルテマが声をかけると、元気のいい声が返ってきた。
それを聞くと、リトラは心底ほっとしたようにため息をつく。
召喚獣をその場に留め続けるためには、魔法力を少しずつ消耗しなければならない。
これは術者の負担になるため、実力によってはあまり長い時間留めておくことは望ましくないのだ。
実は、もうリトラの魔法力は後一桁だった。
「じゃ、もう戻れミドガル。」
「承知しました。」
リトラに命じられ、おとなしく消えた。
「あ、消えちゃった〜!ね、どこいっちゃったの??」
「召喚獣なんだから、元いた場所に帰っただけだっつーの。」
目を丸くして驚く少女に、面倒くさそうにリトラが教えてやった。
「ねーリトラ、そろそろもどんないの?」
フィアスが森の向こうで傾いている太陽を指差して問いかける。
もうそろそろ、子供は家に戻る頃合である。

―夜・バロン城客間―
フィアスの友達と言うことで、セシルの厚意で一行は城に泊まっている。
彼の王になっても変わらない真面目さと優しさは、部下や国民からも人気らしい。
暇なので、セシルとローザなど、城の重要人物に関することをメイドに聞いているのだ。
「へ〜、それで王様の友達は??」
「一人は、竜騎士隊長のカイン様です。幼馴染だそうで、今でもとても親しくしていらっしゃいますよ。
もう一人は、陸兵団元隊長のロビン様。とっても面白い方だったんですけど、今は行方不明で・・。」
カインなら、一行はあったことがある。
城でも一回廊下で会ったことがあったが、冷たい雰囲気がしたという事しか覚えていない。
だが本当は、部下からの人望が厚く、いざという時とても頼りになる青年だという。
「あちゃー……まだ若いのになぁ。何でまた、そんなことになったんや?」
リュフタが、おおげさに息を吐く。
「以前、前陛下が魔物にすり替わっていたとき、その秘密を知ってしまったそうなの。
それで、捕らえられる前に国を脱出してしまわれてそれっきり。
何分勘が非凡なまでに鋭い方で、それがしばしば戦果に貢献するほどだったそうですけど・・。」
「へー、そんな事があったのかよ〜。」
リトラは知らなかったらしく、目をまん丸にして驚いている。
彼の故国・リア帝国は、つい最近まで外界から遮断されていた大陸の国。
よほど大きな情報で無い限り、入ってはこないのだろう。
セシル達5人が戦っていたころの話は、クリスタル略奪や四天王ぐらいの情報しかない。
「陛下がロビン様を最後に見かけたのが、半年前くらいかしら?
時々他の町でそれらしき人を見かけたって話はあるけどね……。
後、話し変わるけど……」
と、彼女が言いかけたとき、彼女より年長のメイドが外で呼んでいる声が聞こえた。
慌てた彼女は、軽く謝ってそのまま部屋を出て行ってしまった。
それと入れ替わりに、フィアスが部屋に入ってくる。
「ねーねー、何はなしてたの?」
「別に何でもねーよ。で、そーゆーお前は何してるんだ?」
話すのが面倒なので、リトラは即座に話題を変えた。
彼はかなり単純で素直なので、この手にあっさり引っかかる。
こういう性質は、時々とてもありがたいものだ。
「えーっとね、セシルお兄ちゃんにたのまれて、
ご本を商人さんにもらいにいってたの。」
ほら。といって、難しそうな歴史書を見せる。
「古代国家歴代王の執務(上)」と題された本は、かなり重い本だ。
生真面目な彼は、昔の王たちの執務を参考にしてより良く国を治める術を模索しているのだろう。
「帝王学の本かよこれは……。」
うんざりした表情でリトラがつぶやく。
「帝王学って何さ?」
庶民にはなじみが薄い学問である。
それもそのはず、これは未来の一国の長たるものだけが学ぶものだからだ。
「簡単に言うとやな、王様とか王子様とかだけが勉強するものや。
せやから、アルテマちゃんとかは知らへんで当然やで。」
リュフタが、不思議そうな彼女に簡単に説明してやった。
その説明に納得したのか、数度相槌を打っている。
「何でそれをリトラが知ってるの〜?」
フィアスがもっともな疑問を述べた。
彼はいわゆる王族ではないと聞いているのに、何故そんな事を知っているのだろうか。
「親戚で貴族のおっさんから聞いた。貴族だって名前と中身くらい知ってるよ。」
ぶっきらぼうかつ早口気味で説明し終える。
たぶん、大して興味がないのだろう。興味を抱けるものでもないが。
「へ〜。」
すっかり納得した様子だ。
一方アルテマは、勘ぐっているのかまだ疑わしげである。
が、そこはリュフタが丁寧に解説して収まった。
「ほんで、次はどこに行くつもりやリトラはん?」
肝心の話に切り替える。
いつまでも雑談ばかりに興じてはいられないのだ。
「ん〜……とりあえず、仲間のところでも行くかな。」
これといって思い当たるものがないのだろう。少し難しい顔をしながら台詞を捻り出す。
「仲間って?」
仲間ならここに居るじゃないかと言いそうになり、アルテマは慌てて言葉を飲み込む。
「同じルーン族でも、別のやつらがトロイアのず〜っと北の森の中に住んでるんだよ。
ただよー……そこ遠いんだよな〜。すっげー不便だし……。」
どうやら、またトロイア方面に行くことになるようだ。
周知の通り、トロイアは森の国。国土の7〜80%程は森で占められているといわれるところだ。
おまけに、奥地ほど茂っているので空から探すのは分が悪い。
『またトロイア〜?』
リトラを除く全員の声が揃った。さすがに、皆うんざりした様子だ。
だが、言った当人も不服そうである。やはり、同じ地域にまた行くのは気が進まないものなのだろう。
「俺だっていきたかね〜よ〜……。もーあきたトロイアは。」
「どーせ嫌なら、さっさと行って済ませちゃおうよ。」
半ば投げやりに言って、背中から勢い良くベッドに倒れこむ。
「まー、せやけど我慢しようや。ほな、明日は早いんやしもう寝よか?」
何とか気を取り直し、就寝を勧める。
「そうしよっか〜……じゃ、フィアスあんたはもう戻んなよ。」
促され、フィアスは大きくうなずいてから小走りに部屋を出て行った。
「じゃ、ランプ消すぞ。」
ランプの火を消す前に、一応確認しておく。
「いいよ。」
ふっと音を立て、余韻のように残る煙を残して火が消える。
部屋中のランプを消してまわってから、リトラもベッドにもぐりこんだ。
『おやすみ……』
少したつと、穏やかな寝息が聞こえ出した。


―翌朝―
バロンの市場は、規模が大きくて活気に満ちている。
まだ日は高くないが、それでも大勢の主婦や商人などでにぎわっている。
昼ごろから午後になると、それこそ黒山の人だかりになる日もあるらしい。
とにかく色々な物が売っているので、店が多いのが特徴だ。
勿論品数や種類も豊富で、たまに掘り出し物が売っていることもある。本当にたまにだが。
実は、バロンに来たときアルテマは密かに来たがっていたらしい。
ちなみに、リトラは、珍品目当てである。
「何か値切れそうなもんねーかな〜?」
歩きながら品定めをしているようだ。今の所、彼のお気に召すものはないらしいが。
「あんたさ〜……せこいってそれ。」
一体どういう階級の生まれなのかは知らないが、がめついことである。
「いいだろ別に。さーて、新しい斧でもねーかな〜?」
武器を売っている店でも見つけたのか、人込みを縫ってさっさと行ってしまった。
「あー、まってやリトラはん!そんならうちのも何か買うて〜!」
リュフタがその後ろを慌てて追いかける。
「あ、リトラ!後でそこの手前のアクセ屋よってよ!!」
抜け目なく注文をつけてから、アルテマも二人を見失わないうちに走り出した。
人込みで速く走るのは至難の業だ。何しろ、人が邪魔である。
おまけに、下手すると追いかける相手が人の陰に隠れてしまうから厄介だ。
「おーい、こっちだこっち。早く来いよ〜。」
さっさとたどり着いて、遅れてやってきたアルテマを手招きする。
「あんたが先に行くからじゃん!で、ここはどんな武器売ってるの?」
やってきた店は、周りの店とは一風変わった物を扱っている武器屋だ。
他の店が鉄や鋼の物をばかり扱っている中で、ここは何やら青白い金属で出来た物を扱っている。
「おや、君たち目が高いねえ。これを知ってるかい?」
見たことがないそれに、アルテマとリトラは揃って首をかしげる。
すると、店主である男性はニコニコと笑った。
「ここいらじゃ珍しいだろう。これらはな、ミスリルで出来ているんだ。
ところで、ミスリルが何かは知っているかい?」
品物を磨き始め、ぱらぱらと冊子をめくりながら問いかける。
「リトラはん、覚えとる?」
ちょんちょんと短い前足でリトラの肩を叩く。
やや迷惑そうにリトラが視線を返す。
「確か、霊体によく効く魔法銀の一種だったよな。
で、ミスリルの村の辺りで掘り出して加工してるって話の。」
ミスリルの村は、小人や喋る蛙と豚が住んでいる一風変わった村だ。
それぞれの種族が分担して、採掘や加工を行っている。
腕はなかなかのもので、遠くからわざわざ買いに来る客もいるという。
ただ、あまり数多くは流通していないので知名度の割には見かける機会が少ないかもしれない。
「そうそう!坊や、よく知ってるね。」
気を良くしたのか、店主は嬉しそうだ。
アルテマは置いてあった剣を持ち上げると、ぱっと表情を明るくした。
「すっご〜い、何か軽い!!」
今彼女が持っている鋼の剣とは、比べ物にならない軽さである。
羽のようと言ったら大げさだが、手にずっしり来る鋼に比べれば、扱いやすさは段違いに上だ。
どうやら、すっかり気に入ったらしい。
「よし、決めた!あたしこれ買う!!」
握ったこぶしに力を込め、気合が入った声で叫ぶ。
横でリュフタが苦笑いしているが、そんなものは目に入っている様子が無い。
「決定事項かよ・・。じゃ、俺はこのミスリルアクス買うか。」
リトラは、少し傷が付いている斧を手に取った。
こちらも、けっこう大振りな割には軽い。もっとも、当然アルテマが選んだ剣よりは重いのだが。
「おっさん、俺これな。」
店主は、さすがにそれには驚いたようだ。
「え、坊や斧使いなのかい?」
思わず聞き返してしまっている。無理も無い、普通は子供がそんな重い武器は扱わないのだ。
その上、見た目はアルテマより3つも下なのだから。
「そーだけどよ。で、おっさんこれ2つでいくらだ?」
店主は、横においてあった商品リストを手にとって探し始めた。
暗算しているのか、少しだけ思案顔を見せる。
「ええっと、定価なら計14000ギルだけど……。
これは中古品だから、計10000ギルだね。」
リトラはチラッと自分の財布の中を見る。
国を出てきたとき、王妃からもらった支度金が20000ギルほど残っている。
後は、特に使い道がない予備の10000ギルと、生活費が少々。
長い旅だ、ここでまともにはらうと後が厳しいだろう。
もとより、彼は示された金額で払う気はないが。
「え〜……ちょっとたかくねー?いたいけな子供からそんなに巻き上げる気かよ?
こっちは食う以外能が無い穀潰しウサギリスが居るんだぜ〜?」
リュフタが怒りのあまりリトラにかじりつきそうになっているのを、
アルテマが必死で抑えている。
しかし、その作っている困り顔と声音は役者としか言いようが無い。
こんなのが将来自分の子供だったら嫌だなどと、関係ないことが彼女の頭を掠めた。
「う〜ん……じゃあ、9500ギルでどうだい?」
店主もまたせこいことである。
「何だよおっさん、500ギルしか引いてねーじゃねえかよ〜。
500ギルじゃちょっとな〜……せめて半分だな。」
いきなり半額はひどいようだが、これは値引きの上等テクである。
こうやっていきなり無茶を言っておいてから、だんだん適当な辺りまで上げていくのがポイントだ。
「ぼ、坊や〜それじゃこっちが首くくる羽目になっちゃうよ。
せめて9000は払ってもらわないと、こっちも女房と子供が居るから困るんだよ〜。」
泣きつくような表情で店主が言ってきたが、これにだまされてはいけない。
もしこの時点で自分に同情心が残っていたら、今捨ててしまったほうがいいのだ。
自分の利益と財布の命をためには。こういう露店などの場合、元値より高い値段で吹っかけてくるのが普通だ。
ひどいと、3倍以上吹っかけてくるのだ。従って、言い値で買うのは得策ではない。
「えー、7000は?9000なんて言ったら俺たち行き倒れるんだけどな〜。
あ、そーいや俺召喚士なんだよ。そーだな、お前の家とか商品イフリートで燃やすかな?
疑うなら、今見せてやってもいいぜ。」
「あんたそれ、脅しじゃん……。」
アルテマがボソッとつっこみを入れたが、リトラは聞いていない。
店主は、先程と態度ががらっと変わった彼を見て冷や汗を流していた。
無理もない、彼はいつの間にか本当にイフリートを召喚していたのだから。
「……も、もう少し上げてくれないと・・いや、上げてくれないかな?」
イフリートが、気合十分といった様子で腕を回している。これは怖い。
哀れだが、こうなるともうリトラのペースであろう。
「しょうがねーな〜・・じゃ、7500な。これぐらいでいいだろ?」
いかにも仕方なく譲ってやったという風に、肩をすくめて見せる始末。
そばでは、イフリートが空パンチを繰り出していた。
「ま、まいどあり〜……・。」
「いや〜、わりーな。じゃ、これで交渉成立って事で!」
引きつっている店主に代金を渡し、中古品のミスリル製の剣と斧を手に入れる。
対するリトラはというと、満面の笑み。まさに、勝者の笑顔だ。
「おいアルテマ、今度はあっちのアクセ屋だろ?」
剣を渡し、来た方向にあるアクセサリー屋を指差す。
2500ギルも値切れたのがうれしいのか、上機嫌だ。
「うん……まあ。」
だが、アルテマは何故か妙に魂が抜けたようである。
生き生きとしたリトラと正反対だ。
「さっさといかねーといいもん売り切れるぜ。ほら、何ぼ〜っとしてる場合じゃねーぞ。」
あきれはてたリュフタを尻目に、次のターゲットを決めた彼はさっさといってしまった。
当然、アルテマは無理やり引きずるように連れて行った。
哀れな次の犠牲者に、彼女は心の中で黙祷する。
が、どうせならこの際高いのを買ってしまおうという魂胆も当然あった。
結局、この日普通に買えば計34500ギルの品々を、21800ギルまで値切ったリトラだった。



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もう進行スピードの遅さが定番化してまいりました……・ごめんなさい。
書きやすい書きにくいで進度の差が激しくて、自分自身困っております(死
ちなみに……値切りに関しては外国の観光地なんかだと本当に元値より高く吹っかけてくるらしいです。
観光客は金持ってるって思われてますからねえ・・しっかり値切りましょう(笑
(2003 2/18・おかしい所、細かい箇所を修正しました